絵本『かないくん』 ”死ぬとどうなるの?” 谷川俊太郎 × 松本大洋の異色コラボ

2018-03-10

絵本『かないくん』表紙
絵本『かないくん』表紙 遠くを見つめる少年の表情が印象的

 

こんにちは! 育休パパのアキオ(@hiroakio97)です。

 

 

先日、このブログで『ずーっと ずっと だいすきだよ』という絵本を紹介させていただきました。

その流れで今回は『かないくん』という絵本について書いてみたいと思います!

『ずーっと ずっと だいすきだよ』は主人公の少年の愛犬が死んでしまうお話でしたが、今回の『かないくん』は主人公の”親友じゃない、ふつうの友達”である金井くんが亡くなる話。

 

日常に訪れた、はじめての“死”。

死ぬって、ただここにいなくなるだけのこと?

詩人、谷川俊太郎が、一夜で綴り、
漫画家、松本大洋が、二年かけて描いた絵本。

出典元 : 出版社 解説

 

出版元の煽り文句からして『深イイ』感じの絵本ですね。

『コピーライターの糸井重里が企画、詩人・谷川俊太郎が書き、漫画家・松本大洋が描く、、』

とまあ、この豪華メンツを見ただけで興味を持つ方も多いだろう本作ですが、その中身も期待通り素晴らしいものでした!

 

絵的にも文章的にも余白が多く、解釈は読者に委ねられた部分がかなり多いです。
(そもそも『死』は誰もが未経験。明確な答えを持ってる人はほとんどいませんからね。)

その点、明確なメッセージが込められていた『ずーっと ずっと だいすきだよ』とは対照的。

それだけに小さな子供には少し難しく感じられるかもしれません。

子供が大きくなったら一緒に読んで語り合いたい、そんな絵本です。

印刷や装丁もとっても凝っていて、大人が楽しめる一冊!

 

 

*以降、”イタリック(斜体)”で書かれた部分は絵本『かないくん』および出版社ウェブサイトからの引用です。ブログ上での読みやすさを考慮して、一部ひらがなを漢字に置き換えています。
*画像も作中の挿絵を引用しています。

 

『かないくん』のあらすじ

先述の通り子供には少々難解な絵本です。

理由は『死』という非日常をテーマにしている上、物語の前半と後半で舞台が異なる二部構成をとっているから。

 

前半は余命わずかな絵本作家が自身の少年期の体験をもとに描く絵本、いわば劇中劇。

主人公は小学4年生だった頃の作家本人です。

対して後半の主人公は少女。絵本作家の孫娘です。

挿絵の感じから、中学生くらいかな?

 

というわけで前半の劇中劇(もとい絵本中絵本)からあらすじ紹介をスタート。

 

きょう、となりのかないくんがいない。

(中略)

かないくんはしんゆうじゃない、ふつうのともだち。

出典元 : かないくん

 

『かないくん』より挿絵
『かないくん』より挿絵 前半部はラフなスケッチ調で未完の絵本の雰囲気を表現

 

びっくりした、きょうせんせいがいつもとちがうこえでいった。

「かないくんがなくなりました」
出典元 :かないくん

 

みんなでおそうしきにいった。

(中略)

しんがっきがはじまって、となりがまつだくんになった。
出典元 :かないくん

 

『かないくん』より挿絵
『かないくん』より挿絵 絵にも文章にも余白が多い

 

ここで前半・劇中劇が終了。舞台は現代へと切り替わります。

主人公も孫娘へバトンタッチ。

 

描きかけの絵本を見せながら、絵本作家のおじいちゃんが言います。

「ここまで出来てるんだが、ここで止まったきりだ。この絵本をどう終えればいいのか分からない」

 

『かないくん』より挿絵
『かないくん』より挿絵 物語の舞台が現代に移り、絵のタッチも変わる

 

「金井君てほんとにいたの?」と私が訊く。

「ほんとにいて、ほんとに死んだんだ、四年生のとき。
六十年以上たって、突然思い出した。
それでこの絵本を描きだしたんだがね」

金井君はおじいちゃんの先輩なんだ、と私は思った。
おじいちゃんは、もう来年の桜は見られないと自分で知っている。

出典元 :かないくん

 

その後、絵本作家のおじいちゃんはホスピスへ移ります。結局 絵本は未完のまま。

 

リフトに乗っているとき 携帯にメールが入った。
おじいちゃんが死んだ。

真っ白なまぶしい世界の中で、突然私は「始まった」と思った。
出典元 : かないくん

 

『かないくん』より挿絵
『かないくん』より挿絵 独特の白色が『死と始まり』を演出する

 

絵本『かないくん』からの学び

いかがでしょう?

大人の絵本『かないくん』、興味を持っていただけましたか?

 

作中では、2つの死にまつわる 3つの想いが描かれています。

一つはクラスメイトとの突然の別れで、初めて死を意識した少年の想い。

もう一つは来るべき死を受け入れる老人の想い。

そして祖父を亡くした少女の想い。

 

少年は”生きていればみんなと友達だけど、死ぬとひとりぼっち”と感じ、

老人は”死を重々しく考えたくない、かと言って軽々しく考えたくもない”と語ります。

少女は”何が始まったのかは分からない。でも終わったのではなく、始まったんだと思った”といいます。

 

『死』についての想いは、その時の状況や亡くなった方との関係など条件によって様々。
決まった答えがあるものではありません。

この本も『死とはどういうものか教えてくれる』というよりは、『考えるきっかけを与えてくれる』内容になっています。

 

私の感想 その人のいない世界の始まり

先ほど”死についての想い話は様々”と言いましたが、今の私の個人的な想いは少女のものにかなり近いです。

 

何が始まったのかは分からない。

でも終わったのではなく、始まったんだと思った。

出典元 : 『かないくん』より、少女が祖父の死を知って

 

私も30代半ば、人並みにこれまでいくつかの別れを経験してきました。

金井くんのような もし亡くならなければこうして思い出すこともなかったろう”親友じゃないふつうの友達”から好きだったスポーツ選手・アーティスト、近しい友人、同僚、祖父母、、、

 

その度にただ『悲しい』だけじゃない、複雑な感情がモヤモヤしていました。

それがこの”始まった”に近いような気がします。

つまり、『その人がいない、昨日までとは少し違う新しい世界が始まった』という感覚。

元旦や新学期に近いかな、、新しい環境に緊張したり、何か決意をしたり、憂鬱だったり、逆に少し清々しかったり。一種の喪失感ですね。

 

亡くなったのが遠い人であるほど、『死』を客観的に捉えることができるでしょう。
始まった”はかなり冷静な反応な気がします。

幸いなことに私はこれまで、親や兄弟、妻、子供といったごく近い人の死は経験がありません。

もちろん自分自身の死も未経験ですし、身体は健康で死を意識する年齢でもありません。

私の『死』への意識はこれからまだまだ変わっていきそうです。

 

絵本『かないくん』のデータ

著者谷川俊太郎 さく
松本大洋
出版社東京糸井重里事務所
出版年月日2014/01/24
ISBN978-4865011074
判型・ページ数48ページ 特殊6色刷フルカラー B5版(257×182mm)
定価本体1,600円+税

詳細は出版社ホームページをご覧ください。

 

と、普通の絵本ならここはサラッと流すところなのですが、、

『かないくん』の場合そうはいきません!

ここまでの通り、『かないくん』本編はとっても深イイ 魅力的な話なんですが、そのサイドストーリーとも言うべきメイキング・オブ・『かないくん』もまた興味深いんですよ!!

 

以下、この『かないくん』の舞台裏の中から、私が「面白いなぁ」と思ったポイントをいくつか紹介します。

もっと知りたい方は是非、オフィシャルサイトの記事を読んでみてください。(けっこう読みごたえあります!)

 

 

ブックデザイン

『かないくん』を初めて手にとった時、注意深い人ならそのブックデザインが普通の絵本と全く違うことに気づくでしょう。

『死』をテーマにしたストーリーが異色なら、絵も独特でインパクトがあります。

なのでついついそちらに目がいきがちですが、、

よくよく見れば 絵本の紙質やバーコード・価格などの無駄なプリントが一切ない裏表紙、装丁などなど、とっても凝ったつくりになっていることが分かります。

 

中でも目を引くのはそのプリント

鉛筆を思わせる黒と、筆でペンキを塗ったくったような白、この2色が非常にユニークです。

特に『白』は雪とゲレンデのシーンで多く使われ、本作のテーマである『死』を効果的に演出しています。

 

この独特な『白』を実現するために、『かないくん』ではなんと異なる2色の白インクを使い分けてプリントしているそうです!

ちなみに、絵本をはじめとする普通の出版物の場合、白インクは1色も使用しません。

『白』は通常、紙の素の色が使われます。つまり『何も塗らない = 白』ということです。

ところがこの『かないくん』には、一般的なCMYK(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラック)の4色に加えて白が2色、計6色のインクが使われているということですね。

 

これは当然コストがかかります。

松本大洋さんの絵を効果的に再現する為、ひいては谷川俊太郎さんが書いた『死』を印象的に引き立てる為に、この特殊な6色刷りが必要なコストとして認められたということですね。

(ほぼ日、良い会社。。)

 

ここで絵本『かないくん』のプリンティングディレクター・森岩麻衣子さんとブックデザインを担当された祖父江慎さんのコメントを紹介させていただきます。

 

大洋さんの原画を目にするのはほんの数人しかいません。
ほとんどの方々は、本という形の印刷で見ます。
しかし、みなさんが写真や文字をコピー機で複写したときと同じく、
印刷というものは、どうしたって“劣化”するものなんです。

印刷で、ものをそっくり複製できるなんてことはありません。
ですから、印刷は一種の表現になってしまいます。
プリンティングディレクターは、原画の感動のポイントを知っていないといけないんです。
そこを引っ張り出すくらいが、印刷物になったときにちょうどよいのです。

かないくんができるまで|ほぼ日刊イトイ新聞より森岩麻衣子さんのコメント

 

印刷は、どうしたって原画どおりじゃないんです。
原画どおりにしようという考えにしばられてると、
もともとの感動が薄まっていっちゃう。
原画のどんな感動を、どんなふうに置き換えるのか、ってことを決めるのが大事。
あとは、製版と印刷のワザと技術です。

かないくんができるまで|ほぼ日刊イトイ新聞より祖父江慎さんのコメント

 

森岩さんは蜷川実花さんの写真集などを担当されており、一部では『色彩の魔術師』と呼ばれているとか。

 

蜷川実花さんの写真は、そのビビッドな色が大きな特徴ですからね。
これをプリントで表現するのは、相当難しそう。
蜷川さんの要求もかなり高いでしょうし。。

そんな森岩さんの技術が本作『かないくん』でも、実に効果的に活かされています。

 

谷川俊太郎と松本大洋

『かないくん』を書いたのは詩集『二十億光年の孤独』などで知られる詩人・谷川俊太郎さん。

 

万有引力とは
ひき合う孤独の力である

宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う

宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である

二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした
詩集『二十億光年の孤独』より 二十億光年の孤独(一部抜粋)

 

他にも有名どころだと、、

生きる』とか

 

国語の教科書や合唱の課題曲など、学校でお世話になった方もいるかもしれませんね。

スイミー』や『フレデリック』をはじめとしたレオ・レオニさん作品の翻訳も彼の仕事です。

 

 

ちなみに、今回の『かないくん』は本作のための書き下ろし。

 

そして谷川さんが書いた文に絵をつけたのがマンガ家の松本大洋さん!

窪塚洋介さん主演で実写映画化された『ピンポン』や、嵐の二宮和也さんと蒼井優さんが声優デビューを果たしたアニメ映画『鉄コン筋クリート』などの作品で彼をご存知の方もいるかもしれませんね。

 

 

強烈なタッチとダイナミックで躍動感ある絵が一番の特徴!
独自の美学を持ったユニークなキャラがたくさん出てきて、世界にどっぷりハマれる系のマンガ家さんです。

 

かく言う私も松本大洋さんの大ファン!

『かないくん』は彼の絵本 初挑戦ということで、迷うことなく購入を決めたのでした。

 

そんな谷川俊太郎さんと松本大洋さん、今回の『かないくん』を描くにあたって なんと事前に打ち合わせはなかったそうです。

作品が完成した後、ほぼ日の記念企画で初めて言葉を交わしたおふたり。

その際、完成した絵本の出来を聞かれた谷川さんの回答が印象的でした。

 

なんかね、絵とことばの離れ方が、ぼくはすごくいいと思ってる。

絵本の場合、絵とことばの距離が一番のツボだからさ、
離れすぎてるとわかんないし、くっつきすぎもぜんぜんダメだし、
できあがったものはその具合がすごくよくって、そこがいいんじゃないかなと思うんですけどね。

(言葉通り絵を描くと)なんかこう、べったりしちゃいますね。
奥行きが出てこないんですよね。
その点、この絵本はすごく奥行きが出てると思うんです。

詩人と漫画家と、絵本。|ほぼ日刊イトイ新聞 より 谷川さんのコメント

 

最近だと西野亮廣さんが描かれた『えんとつ町のプペル』なんかもそうでしたが、制作の舞台裏を知れるってスゴイことですよね!

 

こういう制作サイドが積極的に情報を提供する流れが今後も拡大していくと、私たち消費者もますます楽しくなりますね。

良い時代になりました。

 



まとめ

初めて私がこの本を読んだ頃、妻の祖母が他界しました。

私は当時4歳だった長男と一緒に葬儀に参列したんですが、火葬炉へ棺を納める際に彼が涙を堪えている姿が印象的でした。

幼いながら、初めて身近に『死』を感じた瞬間だったと思います。

故人と長男はほとんど面識がありませんでしたし、事前に説明した際も「分かってるんだか、ないんだか、、」といった様子だったので、先の反応には余計にビックリしてしまいました。

 

ならばと後日『かないくん』を読み聞かせてみましたが、、残念ながら「よく分からないからこの本 好きじゃない」と言われてしまいました。

(5、6年おいて再度リベンジします!)

うちの幼児は「難しい」と一刀両断でしたが、ブックデザイン含め、大人は楽しめる上質な作品に仕上がっています。

気になった方は是非手にとって読んでみてください。

 

谷川俊太郎さん、松本大洋さんの代表作もリンク置いときますね。合わせてどうぞ!

 

最後に、これまで私が書いた絵本のレビュー記事のリストです。

どれも良い絵本なのでお時間あれば読んでみてください😀

 

ではでは。